めかくし




白いビー玉にうつる薄いにじ色だとか、雪に照る日光が雪よりもっと白く光る瞬間だとか、木綿の豆腐だとか、いままで見てきた色々なものを思い出してそれをたとえてみようと思うがうまくできない。


そもそもそんなきれいであったかいものではなかったからだ。ヒィッツカラルドの目玉はからっぽで、その白に映りこむ自分の姿を見るのがレッドは嫌いだった。
そういうことを考える自分にむずむずした。


「目に痛い」
「何がだ」
「目、とか。なんかもうお前ぜんぶ」
「どうして仮面で赤スカーフのお前に、そんなこと言われなきゃならない」


ためしにと、ヒィッツカラルドの二つの目玉を手でおおってみる。
それでもおいという小さな呼び声や吐き出す息やこっちに差し出した指先の冷たさから彼がヒィッツカラルドであることは嫌というほど伝わってくる。
ついでに口をふさいだのは、それが少しでもましになればいいと思ったからだ。







菊月の池に沈む





暑かったから池に入ったという以外、説明することは特にない。
青緑の水がじわじわと体を重くする。重心をとり戻す感覚は心地がいい。それが男には通じないらしく、小橋のうえからこっちを見おろすばかりだった。


「お前も入ればよかろう」
「断る」
「なかなか涼しいぞ」
「いいから早くあがって来い」


男に向かって腕を伸ばす。めいっぱい伸ばせば、足首をつかんで池に引きずりこめそうな距離だった。風がふくたびすうと腕が涼しくなって、橋の上の男が眉をひそめているのが見えた。


「ヒィッツ」


来い、とは言えない。なんとなくだが言えない。もっと強い命令の言葉なら山のように並べられるのに、どういうわけか来いとは言えない。
スーツと石造りの小橋が合っていない。間の抜けた観光客みたいな姿が、馬鹿げているのにすこしばかり癪だった。見おろしていないでこっちに来れば楽なのに。それでもやはり
来いとは言えない。


髪の先にとどまっていた水滴が、顔の凹凸にそってゆっくりつたう。
さっきまで境目がわからなくなっていた水と体がわかれてゆく。隙間なくぴったりと埋まっていたものが、こうやって離れる。指先から、はたはたと水滴が落ちる。
足のつく池だって、目をつぶれば溺れることができるのに、見おろす男にそれを伝えることは出来ない。手は届かない。鎖帷子が案外重い。


にごった池に浮かんだ仮面は、花のように赤かった。









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