尻尾のした




なんの拍子だったか覚えてはいないが、なにかの例えで孔明のことを化け狐と呼んだことがあった。もちろん本人の前ではない。よく考えたわけでもなく口から出てきた言葉だったが、それを話したカワラザキのじいさまには妙に受けがよく、今更ながらなかなか的を得ていると樊瑞自身も思う。


そんなことを思い出しながら眺めていたせいだろうか。「どうかされましたか」と反撃する孔明の顔が、すこしばかり狐のように見えた。そのうしろにたっぷりと含みをきかせて、樊瑞殿、とつけ加えられる。
すれ違いざまに突然これなのだから、樊瑞も唾を飲む。


「どうという事はない」
「でしたら、そのような風にはなさらないでしょう」
「そのようなとは?」
「化け物を見るような目です」


羽扇の下の、にやりとした笑みはやはりいつもと変わりない。


「馬鹿げたことを言うものだな」
「これは失礼」
「もっとも貴様にとっては、私達のほうが化け物かもしれないがな」


孔明はふふと笑う。それでもその目はぴくりともしないのだから怖ろしい。


「ごもっともです」


すれ違いざま、こん、と小さく孔明が鳴いた。






手に手をとって、逃げる


開き直るのも一つの手段なのだろうと樊瑞は思う。
さらりとした顔で飽きましたと言う目の前の男は、隠し持っていた紙巻きを音もなく吸いながら笑っている。眉なり口なり頬なりが釣りあがっていわゆる笑い顔をつくるのではなかったが、目の奥の光がねっとりと曲がって樊瑞を見ている。やはり笑っている。


「飽きたというほど何かをしていたとは思えんな」
「それはまた何故」
「机のうえのそれは、ビックファイア様の似顔絵じゃないのか」
「ビックファイア様への忠義の心を表現してみました」
「堂々と言えばとりあえずどうにかなるとか思ってるだろ貴様」


樊瑞にむけていた目線をふいと外し、孔明は足元にむけて煙を吐き出す。笑うでもなくあきれるでもなく、ただ表情のない目で床の上のなにもない一点を見つめている。


「退屈にもすぐ飽きますから、ご心配なく」


吐き出した煙と言葉はいやに堂々としていたが、孔明はひどく弱って見えた。線が細い。いまにも死人のような細い笑みをうかべて別れの言葉を口にするのではないかと樊瑞はひそかに戸惑う。


「座興としか思えないのです。どれもこれも」


樊瑞はめまいを払うように頭をふった。煙を見ていたのか孔明をみていたのかがあいまいになって、部屋の広さがわからなくなる。
境界線をふみ越えて、その手をとってどこかへ逃げて、逃げきれなくなるまで手をとりあって走る。思いつくかぎりの方法で、この男をどこかに連れ出したとしても、彼はきっと自らその手を離すのだろう。


途方にくれるというのは、こういう事をいうのだろうか。




















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