拾いあげて捨てる



蝶を見ている。
力なく羽を開いては閉じる。風に体をまかせているようにも見えるそのひらひらした動きを、幽鬼は見つめている。 閉じるかと思うとふわと羽をひらき、しばらくするとしぼむように閉じる。


自分が呼吸をやめたら、この蝶は同時に動くことをやめるのではないか。錯覚だとわかっていても、そう思わずにはいられない。拾い上げて窓から放してやれば、白い体はひらめくことなく一直線に地に落ちる。
どうすることもできない。救うどころか、さわることすらかなわない。


近づいてくる足音が大きくなるたび、蝶の動きはゆるやかになり、「ゆうきさま」と小さな声が聞こえたときには、蝶はすでに、床に体温を奪われていた。


「どうかなさったのですか」


口にした少女は、直後に床のうえの蝶に気づき、すぐさま「すみません」と言いなおす。少女の栗色の髪が、光をうけて金にも黒にも見える。謝ることはないと制すと、困ったような笑い顔をする。
彼女を溺愛している小父たちが見たら、大きくかぶりをふってなだめてしまいそうな、淡い笑みだった。


「そういえばさっき、君の事を探していたぞ」
「父ですか?」
「いや、げん、セルバンテスだ」


ひとたび光った少女の表情が、とたんに諦めたように曇る。幽鬼はわけもなく不快になった。哀れだと思うべきその赤い目が、どういうわけか憎々しかった。奥歯がなにか、苦い塊をかみつぶす。


少女はありがとうございますと早口に言い、音もなく頭を下げて駆けていった。その姿はひらべったい蝶々を連想させた。こんな場所で生きるにはあまりに弱い。
アルベルトも残酷なことをすると、まっすぐな少女の心を前に幽鬼は思う。


小さい歩幅で、巨大な施設のなかを懸命に歩いている少女にも、床の上で動きを止めたひらべったい体にも、同じように血が通っている。同じように光があたる。
幽鬼は床の上の薄い体をつまみ上げると、窓から外に放してやった。














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