世の手前
ブロックノイズ1
ブロックノイズ2
空は肉色








世の手前


格好が少しだけいつもと違った。
スーツの中には抜けたように白いワイシャツと黒のネクタイが収まっていて、袖は手首の ところですっぱり裁断されてカフスボタンが光っている。顔を覆っているのは真っ赤な マスクではなく銀のフレームの伊達眼鏡だった。


いまこの男をマスクザレッドと呼ぶのはちょっと間違っているなとヒィッツカルドは思い、 思ったわりに口には出さずにふくみ笑いをしただけだったからマスクザレッドは裏拳で彼を殴った。 ばちっという音は箱のようにせまい部屋によく響いたが、たいした痛みはなかった。


「これはまた大した格好だな」
「好きでしてるわけじゃない」
「それくらいわかるさ」


清潔すぎる布が、普段の彼を完璧なまでにおおい隠している。
レッドは落ち着かない様子でポケットに両手をつっこんでは出しまたつっこみ、頭を三度 かきむしり、生あくびをし、眼鏡の両わきを指でおさえて持ちあげ、ヒィッツカラルドの肩に顔をうめた。


「その眼鏡は?」
「顔になんかないと落ち着かん」


ぎゅうと鼻先をうずめる。スーツの奥の、かすかな人の血の匂いを吸い込む。戦場の匂い を肺にめいっぱいため込むことが、戦場に向かう準備だった。


「それじゃあ」


仕事にでも行くかな。ちろと差し出された男の舌は普段どおりの赤色だった。


















ブロックノイズ1


それはひらと重さなく舞い上がるので花びらのようにもポテトチップスのようにも見える。
次の瞬間には重さをとり戻してぼたぼたと地に落ちる。レッドはその中心に立ちたがるか らまるまるそれをかぶる事になるが気にしていない。むしろ喜んでいる。


「おい」


呼べば、こらえきれない喜びをぎっと噛みつぶしてこっちを見る。気持ちが悪いとヒィッ ツカラルドは思う。ここまで彼を楽しませる作業を、わずかに気味わるく感じる。


「ここだけじゃないんだ。早いうちからそう派手にするな」
「お前も少しやってみればいい」 「遠慮する」



彼のそばにある血や肉は、当たり前のように垂れ流され落ちていく。もはやそれに清潔も不潔もなく、ヒィッツカラルドが思うのは、ニヤニヤと笑うマスクザレッドの臓腑は腐っているのだろうという事だけだ。


















ブロックノイズ2


ヒィッツと呼ぶ。どうしたと返ってくる。


たいした用はない。それはあっちもわかっているだろうし、3回に1回は拳が飛ぶことも 多分わかっている。それでも来る。本当に呼びたいのはその呼び名ではない。


「ヒィッツカラルド」


伸ばした手を、なんの為に使うか忘れて、レッドはそれをポケットの中にしまった。
























空は肉色


ねえええええむいとあくびまじりにレッドは言い、おまけとばかりに伸びをする。
茶色くなった手でおおうように顔を拭く。ぷあっと息をつく。鉄のにおいに囲まれた目覚めというのは、たとえ10分の仮眠だったとしても大変気持ちが いい。皮肉なしにレッドはそう言う。
手についた汚れはすっかり乾いてしまっていて、生まれたときからそこにあった、アザか 呪いの模様のようにすっと肌にしみ込んでいる。


腹についた血もすっかり乾いてスーツをまき込んでガチガチに固まっている。
血が乾くことと傷がふさがること動けることは必ずしも同じではないので便利だ。動ける。 それで十分だとレッドは立ち上がる。
酒を飲んだときの機嫌のよさに似ている。おっ、とかよっ、とか言いながら、レッドは体を ぐっと伸ばして立ち上がる。関節の妙に目立つ細い腕を、怒鬼がつかむ。


「どうした」


当然のように返事はない。
お仕事じゃんだって、徹夜くらいで死ぬやつがいるか、なあ、と三回に分けて含ませるよ うに話す。この男は言葉を理解していないのではないかと、ときおりレッドは思う。


「なあ直系の」
「たのむよ」
「放せ」


勝手にしろと、つかんでいた男の腕が力なくだれる。


どうして今更そんなことができるのか。引き返すことが許されていると思っているのか、 けがを気づかっているのか引きとめようというのか何を間違えたのかどこから考え直せばいいのか。


「引き止めるなんて、どうして思う」


その手はとうに、自分の手で切ってしまった。

















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