赤い窓


赤い窓の奥からのぞく目は、いつもたいして楽しそうにしていない。
それでもセルバンテスはいつもなにかしらに興味の目を光らせているから、どちらを信用していいものかアルベルトはわからなくなる。娘のサニーは、そういったところをうまく見ないようにする能力に長けていて、物好きで飽きやすい小父にもうまく対応しているらしい。たいして父親らしいこともしていないのに、器用に育ってくれたものだと感心する。


「ちくちくというかね、ヂクっとするんだよこれが」


痛みにつられているせいか、左目をきっとつむったままでセルバンテスは言う。革張りのソファにぐったりと横になり、しきりに左のこめかみをさすっている。


「虫歯なんて、まったくロクなもんじゃあない。君、なったことあるかい?」
「記憶にないな」


アルベルトは、そこらじゅうに置かれた家具にごつごつと体をぶつけながらセルバンテスに近寄った。ソファが四つ、大小のテーブルがあわせて五つ、形から材質から、何もかも揃っていない椅子が十脚ちかく、かるく見渡すだけでこの数である。
使う使わないに関わらず、セルバンテスが置きたい調度品を置きたい場所に並べた結果がこの部屋であり、これがまた結構な気に入りの場所だった。ここのソファで寝起きをすることもある程の入れ込みようらしい。絨毯のようなぶ厚いカーテンに仕切られた、部屋の向こう半分もまた、おそらく調度品で埋まっているのだろう。


「あれは気をつけたほうがいいよ。伊達なケガよりよっぽどひどい目にあうから」


セルバンテスは、手の中でくるくると躍らせていたカプセル薬を口の中に放り込む。
そのまま手近なテーブルに手をかけると、置いてあるロックグラスを手に取った。何かを吹き払うようにふっと中を吹いたあと、これもまた手近に置いてあるボトルから赤黒い液体をだぶだぶと注ぐ。
この部屋の調度はすべて、置いてある、のではなく、置いたままにしてあるのだった。


「歯に穴開けて治療するなんて、古臭いにも程があるよまったく」


中身を一気に呷ろうとした瞬間、グラスはセルバンテスの手を抜けて、アルベルトの左手に収まる。入れ替わりに、ミネラルウォーターのグラスが押し付けられる。色のない水が、セルバンテスの胸元でゆわんと揺れる。叱られた子どもの視線と、いたずらにあきれ果てた父親の視線が、ふたつのグラスの間でからまった。


「薬を酒で流すな」
「そうなのかい?」
「前にも言ったはずだが」


セルバンテスはそうだったっけ、と一人つぶやき、アルベルトの手の中のグラスを見つめた。グラスもその中身も、アルベルトの一部になってしまったようにカチンと固まっている。揺れることなく、決められた形を保つ。セルバンテスの瞳は楽しそうに縮まる。


「じゃあそっちは君が飲んでくれたまえ」
「ふざけるな、午後の仕事が残っている」
「私だって同じだよ。そうでなきゃこんなとこ来るわけないじゃないか」


でも私は済ませなきゃならないことが山程あって、そのためには鎮痛剤のひとつも飲まなくてはならなくて、痛みはおさまるかもしれないけれど頭はぼんやりするだろうし眠くなるかもしれないし、それでも仕事は残っているし。


「君はフラフラの私を放っておいて、一人でガチャガチャ仕事をすませるのかい?」
「貸してみろ」


赤黒い液体をくっと喉に流す友の姿に満足して、セルバンテスはグラスの水を飲み干した。不味い。まあそういうのもいいか、と思う。いつだってそうだ、甘いだけでは物足りなくなってあれやこれやと手をつける。


「さすがはアルベルト君だ」
「これで満足か?さっさと仕事に」
「おっ、サニーちゃんおじさんとバドミントンしないかい?」


するりと抜けてかけてゆく戦友に、アルベルトはため息をつくことをしない。使わない家具を部屋に置くことも、人の話を聞かない事も、とうの昔に諦めてしまった。家具のあいだをひらひらと、小さな歩幅で抜ける娘は、赤い瞳をちぢませて笑っている。苦々しい父の顔をちらりと確認して、また笑う。


「あ、それからアルベルト」


クフィーヤをふわりとさせて、セルバンテスは全身でターンする。


「それはむしろ、キミが父親らしいことをしてこなかったからだと私は思うよ」


眩惑術ではない。そんな曖昧なものではなく、もっと単純に見抜かれているだけなのだ。










おじさんは室内でもバドミントンします










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